大阪国際女子マラソン
大阪国際女子マラソン(おおさかこくさいじょしまらそん)とは、新春の大阪市・なにわ路を舞台に繰り広げる国際マラソン。1982年から開催。但し1995年の第14回は阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)のため中止になっている。
レースは長居スタジアムをスタートして、3つのクライマックスとも言われる中之島、御堂筋、大阪城を抜けて長居スタジアムに戻る42.195 kmで争われる。 東京国際女子マラソンのコースと比べほぼ平坦な道が続くため、記録が出やすいといわれている。
歴代優勝者一覧
※優勝者の氏名・国名・所属は当時。
回数 施行年月日 氏名 国名・所属 優勝タイム
01 1982年1月24日 リタ・マルキシオ イタリア 2時間32分55秒
02 1983年1月30日 キャリー・メイ アイルランド 2時間29分23秒
03 1984年1月29日 カトリン・ドーレ 東ドイツ 2時間31分41秒
04 1985年1月27日 キャリー・メイ アイルランド 2時間28分07秒
05 1986年1月26日 ロレーン・モラー ニュージーランド 2時間30分24秒
06 1987年1月25日 ロレーン・モラー ニュージーランド 2時間30分40秒
07 1988年1月31日 リサ・マーチン オーストラリア 2時間23分51秒
08 1989年1月29日 ロレーン・モラー ニュージーランド 2時間30分21秒
09 1990年1月28日 ロサ・モタ ポルトガル 2時間27分47秒
10 1991年1月27日 カトリン・ドーレ ドイツ 2時間27分43秒
11 1992年1月26日 小鴨由水 日本・ダイハツ 2時間26分26秒
12 1993年1月31日 浅利純子 日本・ダイハツ 2時間26分26秒
13 1994年1月30日 安部友恵 日本・旭化成 2時間26分09秒
14 1995年1月29日 大会そのものが中止※
15 1996年1月28日 カトリン・ドーレ ドイツ 2時間26分04秒
16 1997年1月26日 カトリン・ドーレ ドイツ 2時間25分57秒
17 1998年1月25日 リディア・シモン ルーマニア 2時間28分31秒
18 1999年1月31日 リディア・シモン ルーマニア 2時間23分24秒
19 2000年1月30日 リディア・シモン ルーマニア 2時間22分54秒
20 2001年1月28日 渋井陽子 日本・三井海上 2時間23分11秒
21 2002年1月27日 ローナ・キプラガト ケニア 2時間23分55秒
22 2003年1月26日 野口みずき 日本・グローバリー 2時間21分18秒
23 2004年1月25日 坂本直子 日本・天満屋 2時間25分29秒
24 2005年1月30日 エレナ・プロコプツカ ラトビア 2時間22分56秒
25 2006年1月29日 キャサリン・ヌデレバ ケニア 2時間25分05秒
26 2007年1月28日
※大会直前の1月17日に阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生したため、災害復旧の目的を最優先しなければならない事情により、実行するための各方面からの協力を得られる目途が立たなくなったことによる。
大会中止の告知は、当時メインスポンサーだったダイエーの各店頭にも貼り出された。
TV テレビ中継は関西テレビをキーステーションにFNS系列28局で放映される。
※かつてはスポンサーからの要請でTBS系の青森テレビでも2004年まで放送されたが、放送開始の12時の時点では同局が所属する系列の協定上の都合などから同時ネットが不可能なため、時期によってはレース途中飛び乗りまたは1時間遅れ時差ネットが繰り返された。
放映されなくなった2005年以降は隣県のFNS系列の放送局(北海道文化放送・岩手めんこいテレビ・秋田テレビ)が受信可能な地域(ケーブルテレビでの再送信も含む)を除き、地上波では見られなくなった。
※また岩手県では岩手めんこいテレビが開局する以前、岩手放送(現・IBC岩手放送)でも2時間遅れの時差ネットをしていたこともある。
※山形県では山形テレビで1993年大会まで放送していたが、その年の4月にテレビ朝日系列へネットチェンジしたため、現在のさくらんぼテレビでのネットが開始された1998年大会まで山形県での放送はなかった(但し近隣系列局の直接受信又はケーブルテレビの再送信で視聴は可能であった)。
※2006年は地上波放送の他、BSデジタル放送のBSフジ、関西テレビが運営するCS放送京都チャンネルで同日録画放送された(2007年についてはBSフジでの放送は行わない予定)。
※この競技大会の中継に携わるのは、主に関西テレビのスポーツアナである(詳細は後述)。
放送事故
※1998年の第17回大会でフジテレビのみ、この当時は二ヶ国語放送で、CM時の音声も二ヶ国語のままになったり、あまり無関係なテロップが出る始末になったが、数十分後にCM時の音声がステレオ音声になった。
※2001年の第20回大会の冒頭で協賛社だった「ダイエーグループ」の部分が黒表示で切り替えることが出来ず、それから数十分後に「ダイエーグループ」の部分を色なしになり、全スポンサーを紹介した。
放送にまつわるエピソード
※この中継を担当するのは全員関西テレビのアナウンサーだが、男性のほとんどは、普段ドリーム競馬(現・DREAM競馬)で目を鍛えた強者たちである。
現在は石巻ゆうすけが京都競馬場に残り、競馬担当以外の者(若田部克彦、山田恭弘など)を加えた上で中継に当たっているが、以前は石巻も借り出され、普段ドリーム競馬を担当するアナウンサー全員がいなくなり、既に定年退職していた杉本清が一般特別競走(非重賞競走)を中継したこともあった。
※またその中でも、ディープインパクトの三冠達成を実況した馬場鉄志は、1992年の第11回大会から毎年第1移動車に乗り込み、優勝争いを伝えている。
2000年の第19回大会では、優勝したリディア・シモン(ルーマニア)と2位の弘山晴美との壮絶な争いを、ぎりぎりまで絶叫しながら実況した(この時の詳しいエピソードについては、馬場アナの項を参照)。
ちなみに、この日小倉競馬場では当時の中央競馬史上最高となる30万馬券が飛び出し、テレビ西日本のドリーム競馬では更なる衝撃となった。
※近年の放送では、「とくダネ!」司会で、FNSのマラソン中継コメンテーターでもある小倉智昭が出演。直前番組のほか、レースを終えたばかりの優勝選手や注目選手に話を聞いている。
※移動中継車は毎年2台使われるが、第1移動車は第12回大会(1993年)と第13回大会(1994年)はフジテレビの中継車が、第15回大会(1996年)から第23回大会(2004年)まで東海テレビの中継車が使われ、第2移動車は関西テレビの中継車が使われていた。
第24回大会(2005年)からは関西テレビの移動中継車が更新(ハイビジョン対応)されたのに伴い第1移動車として使用。第2移動車は東海テレビの中継車が使われた。
第25回大会(2006年)は全編ハイビジョンで放送するためにフジテレビの移動中継車が第2移動車として使われた。ちなみに第19回大会(2000年)では移動中継車が3台使われ、第1移動車は東海テレビ、第2移動車は関西テレビ、第3移動車は岡山放送の中継車が使われた。
ラジオ
ラジオの実況中継についてはラジオ大阪(制作局)とニッポン放送の2局ネットで放送される。
大会とTHE ALFEEとの関係
「大阪と言えばTHE ALFEE」、「THE ALFEEと言えば大阪」と言う代名詞が付くほどに有名となったこのテーマソングを歌うTHE ALFEE。
1987年の第6回大会からTHE ALFEEがテーマソングを担当している。大阪城公園にさしかかるとともにテーマ曲が流れ(このとき実況音声等を消している)、レースもクライマックスを迎える。
※1987年-夢よ急げ
1988年-It's Alright
1989年-High-Heel Resistance
1990年-Flower Revolution
1991年-Arcadia
1992年-Someday
1993年-Running Wild
1994年-風を追いかけて
1996年-Glory Days
1997年-Liberty Bell
1998年-Beyond the Win
1999年-Beginning of the Time
2000年-自由になるために
2001年-Change the wind
2002年-chaos(カオス)の世界
2003年-孤独な世代
2004年-夜明けの星を目指して
2005年-ZEROになれ!
2006年-ONE
2007年-Dear My Life 補足
1990年の「Flower Revolution」はこの年大阪で開催された花の万博(国際花と緑の博覧会)のテーマソングでもある。
※1995年の阪神・淡路大震災のため、大会中止。この年のイメージソングに決まっていた『Liberty Bell』は2年後の1997年にヴァージョンを変えて再登場。
※1996年1月19日には歴代とこの年のイメージソング及び過去の名場面を収録したビデオ「大阪国際女子マラソン 1982-1994」が発売された。
※2004年3月10日には大阪国際女子マラソンの歴代イメージソングを集めたアルバム「夢よ急げ〜大阪国際女子マラソン・イメージソングス〜」が発売された。
※2006年大会のテレビ中継では、オープニングに長居スタジアムでTHE ALFEEによるテーマ曲「ONE」が熱唱された。又、エンディングの提供コメント読みの際に1987年のイメージソング「夢よ急げ」が流れていた。
(参照:ウィキペディア(Wikipedia)より)


